おしゃれってなぜするの?という疑問が晴れたとき【着飾る事の意味】

大学に入ると校則という校則がなくなり、これまで「髪を染めてはいけません」「メイクしてはいけません」「制服を着なさい」「スカート丈はひざ下で」といった校則から解放される。

今まで抑圧されていたおしゃれが自由にできるようになり、もともとおしゃれな人はさらにおしゃれに、または大学デビューなどでおしゃれに目覚める人がでてきた。

だけど私が思っていたこと。それは「なにゆえ大学でおしゃれをするのか」という疑問。

大学の1限はとても早い。さらに高校よりも遠い場所にある人が多くなることから、早起きしてまでメイクやヘアアレンジする意味とは...と本当に思っていた。どこかで彼女たちを見下していたのかもしれない。

ばっちりメイクしている人を見ると、素敵だなという感想よりも先に生まれる嫌悪感。大学生なら勉強に集中してくれという勝手な考えが心を埋め尽くしていた。

世の中に溢れる、大学生なんだから勉強して当然。遊びに行くな、のような意見とほとんど同じだったかもしれない。

そんな考えになってしまったのは、大学に入るのにとても苦労したからだと思う。ほとんどすべてのことを犠牲にして受験勉強に時間を注いだ。それほどまでに真剣に目指した場所だったのだ。

そのような場所で軽くおしゃれして遊ばれていたら、そりゃあの頃の私は怒るだろう。こっちは勉強しに来てんだ。なに大学生活エンジョイしてるんだってね。

大学は勉強をするところ。おしゃれなんていらない。

私はほんのつい最近まで真剣にそう思っていた。

だからといって全くおしゃれに興味がなかったかと言われればそうではない。高校時代はずっと眼鏡だったけど、コンタクトもするしメイクもヘアアレンジも人並みに興味はあるし、ヒールだって大学になってからデビューしてみた。(結局、全然履いてないけど)

ただそれは、接客系のバイトをするときや友達と遊ぶときに自分をできるだけよく見せるためにしていたものに過ぎない。授業がある日はほとんどおしゃれしなかった。

...いや、できなかったという言い方が正しいかもしれない。

家庭の事情で寝るのは必ず夜遅くなってしまうから、1限にある日は絶対に6時間は眠れなくて朝ギリギリまで寝ていた。それでも授業に集中できず、寝てしまうことも。それが自分の中で負の感情が生まれてしまう原因になっていた。

ギリギリまで寝たいからメイクする時間なんてないし、服に気を遣う余裕もないしいつも髪は軽く結ぶだけ。

余裕がなかったのかもしれない。おしゃれな彼女たちを見て、羨ましかっただけなのかもしれない。

だが、研究室配属になって、取らなければならない授業の数も極端に減って比較的余裕ができた。授業中に寝落ちしてしまうことへの罪悪感もほとんどなくなった。

割と自由な研究室に配属されたため、朝に余裕が生まれるようになった。

ドタバタした朝からまったりとした朝へ。

そうすると時間に追われなくなった人間というのは、別の場所へ時間を使いだそうとする。

それが私の場合おしゃれだった。

毎日メイクができるようになってある事に気が付いた。

それまではどこか心の片隅でおしゃれすることは異性からよく見られたいためにするもの、と思っていた。

でもそれは違った。おしゃれは自分のためにするものである。

メイクや服を意識すれば、何もしていないときよりも誰もがかわいく、美しくなる。自然と背筋が伸び、胸を張り、自信に満ちた表情で街の中を歩く。

他の人から見たらそうではないかもしれないけど、なんだか自分が輝いているかのような感覚に襲われる。

モノクロの人生が鮮やかに色づきだした。

メイクしなくても生きていける。服だって最低限あれば生きていける。ヒールなんてわざわざ危ないものを履かなくても生きていける。

確かに無くても困らない。だけど無いとつまらない。

おしゃれとはそういうものだった。彩りなのだ。

また、男性がこのように口にするのをよく耳にする。

「女性は毎日メイクするのは大変だね」

確かに大変だ。毎日毎日綺麗な自分を保ち続けるのは。

それでもおしゃれするのは日々が輝きだすからだ。

誰のためでもない、自分のためにおしゃれをする。

辛いことは往々にして起こる。どうして、なぜと自分を責めることもある。

そんなとき自分の無力さを感じてしまうが、おしゃれによって自分を取り戻せるときもあるかもしれない。

おしゃれのある人生は潤う。自分の知らない自分と出会える手段でもある。

これからどんどんおしゃれをしていこう。未知の自分と出会い、楽しむために。

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