第一志望に落ちて、浪人しようと考えている人や浪人するべきか迷っている人へ。
今回はそんな人へ私なりのメッセージを送りたいと思います。
私は現役時、誰よりも勉強し誰よりも多くのことを犠牲にして頑張りました。
しかし、結果は不合格。自分の番号は載っていませんでした。
その夜。私は一年以上も全身全霊をかけて取り組んだのにもかかわらず、夢が破れたことに涙が止まりませんでした。
すべてを否定され、自分の存在価値までも見失うような、そんな精神状態だったのです。
合格しか経験のないひとにはわからない、苦しみや悲しみ、絶望、挫折...
そんな感情が一気に襲ってきました。
受験というのは残酷です。自分より実力がない人が受かり、自分は落ちるといったことや、直前までE判定だったのに受かる人、A判定だったのに落ちるということが起きています。
きっとこれを読んでるみなさんも、目からあふれるものとともに現実を受け止めきれないでいるかもしれないです。
それはそうです。まだたった18歳です。大人でも辛いこの現実を受け止めきれるはずがない。
今は泣いていいんです。泣くときです。成功して、輝いているようにみえるあの人も、このような絶望や失望といった時期を乗り越え、今があると言います。
失敗しない人なんていません。失敗は今のうちにたくさんしておくべきです。
失敗をしたということはそれだけ、挑戦をしたという証だからです。
そして、たとえ結果が不合格といった結果でも、今まで努力してきた道のりが消え去ったわけではありません。
これからまた、歩き出せばいいんです。
不合格を突き付けられた後、迷う暇もなく選択を突き付けられます。
既に受かっている大学に進学するか、それとも一年間浪人をして第一志望を目指すか。
浪人に関しては様々な意見があります。
浪人制度に反対する人、どこの大学にいっても一緒なのだからわざわざ浪人する必要なんてないという人、浪人をして一番行きたい大学に行くべきだという人...
私は、浪人するしないは個人の自由だと思っています。
どこに重きを置くかで選択は変わってくるはずです。
絶対にこの大学に行きたいという強い思いがあるのならば、浪人するべきです。
やらなかった後悔は、やった後悔より大きいから。
ただ、正直、学びたいことがあってその勉強ができるならどこでもよいと考えているなら、受かっている大学に行くべきです。
たった1年といえども、されど1年。
周りの友達たちは1年早く社会にでるということです。若いうちの1年という貴重な時間を受験勉強に費やすべきなのかについては私も疑問です。
受験勉強以上に大切なことは周りに溢れているし、学ぶべきことは数えきれないほどです。
それでも私が浪人したのは、浪人しなければ後悔すると感じたからです。
この先一生、第一志望の大学に行っていたらどうだったのかとか、浪人すればよかったといった後悔に包まれた人生を送りたくなかった。
それなら、浪人して悔いのない人生を送りたい。そう思ったから浪人を決意した。
きっと、苦言を刺されることもある。友達から気まずそうされることもある。
でも自分の決断には自信をもって、誰よりも強くいてください。
きっとその時の感情が浪人の一年間を支えてくれます。
また、浪人すれば第一志望の大学に受かるとか安易に考えがちですが、
私の同級生で3人浪人した人がいますが、いずれも浪人しても受かりませんでした。
なぜ浪人しても受からないのかと思うかもしれませんが、現実問題として浪人しても受からないことはあります。
サボったからという単純な問題ではきっとないと思います。
考えてみて下さい。現役時代に必死で勉強したものをもう一年繰り返さなければならない過酷さ、一年間現状の成績を維持かつ上昇させなければならない辛さ、周囲からのプレッシャー。
軽い気持ちで浪人しようとすると本当に苦しく、自分を見失ってしまいます。
絶対に合格してやるという強い決意と信念があなたにはあるでしょうか。
あるのならばもう一年、頑張ってみてください。
一年後には笑っているあなたの姿があると思うから。
結局最後はどのくらいその大学に行きたいかという思いにかかってきます。
自分を信じて、それぞれの選択をしてください。
これを読んで浪人すると決意した人、やっぱりやめておこうかと決意した人がいると思います。
正解の選択肢なんて誰にも分りません。
自分で正解の選択肢にする。
どの道を選んでも後悔のないように生きること。
これができれば、私たちは幸せになれると思う。どの道に進んだとしても。